■ フレンチ一口話 ■

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■■ウサギ(Lapin) ■■ 

その昔、”アンカレッジ”からの飛行機がシャルル・ド・ゴール空港に着陸してタクシーングをしている時、窓の外の滑走路の合間の草地に動くものを見つけました。最初は何かわかりませんでしたが、よく見るとそれは枯草色の兎でした。気が付くと面白いものであちこちにいるのが目に入るようになり、草地の穴の中から首を出したり、入りかけでお尻を突き出しているものなどあちこちにたくさんいる事がわかりました。
パリに住むことになり、このことをちょっとひねって、日本に書き送りましたところ、日本では相当受けていたということでした。その後1993年に、「髪結いの亭主」「めぐり逢ったが運のつき」のジャン・ロシュフォールが主演で『パリ空港の人々(Tombes du Ciel)』という映画で、なぜかシャルル・ド・ゴール空港に住み着いた人々が、あろうことか件のうさぎ達を捕まえてきては空港内のレストランで他の食事やワインと物々交換するというこっけいな話として映像化されそれを見た時は、大笑いしてしまいました。
今でも見ることが出来ますから、パリに着陸したらじっと目を凝らして草原を探してください。

ところで、フランス料理で兎がつかわれるのは良く知られるところですが、一度オペラ座近くのインド料理店でラパン・タンドリを頼んだところ、丸のままの兎が雪兎のような形でステンレス製の皿に乗せられあのタンドリー色にこげた様子でテーブルにお出まししたので、びっくり仰天。体の部分は食べられましたが、頭はついに箸をつける、いやナイフを入れることはありませんでした。
この、タンドリー色になってしまったのも、空港の人々にワインに帰られてしまったのも「ラパン」家兎という種類です。空港の草地に住んでいるのに何故家兎なんだ、という疑問がいつもあるのですが、このように丘陵などの草地に穴を掘って済んでいる”野生”の兎は、穴兎と呼び、飼育されて、マルシェで吊るされ食べられてしまう家兎と同じように分類されているのです。

このラパンに対して、リエーブルといううさぎ達は正真正銘の野ウサギで狩猟解禁の間に都会では見ることができるジビエで、ラパンとは区別されるのが普通です。何が違うかというと絶対的にそれは味です。さっぱりした鳥のささみのようなラパンに較べて、肉も固めですが味は非常に”こくがある”と称してもいいくらいの味なのです。多分食べているものが違うのでしょうね。
フランス料理のなかでも特別な意味をもつ、野ウサギの料理「リエーブル・ア・ラ・ロワイヤル」。フランスの美食家有志でつくっている「クラブ・ド・リエーブル・ア・ラ・ロワイヤル」は、毎年ジビエの季節になるとこの「リエーブル・ア・ラ・ロワイヤル」だけを対象にフランス国内ベスト6のレストランを選んでいるそうです。

04年2月にご紹介したのはlapreaux(ラプロー)といって、ラパンの仔兎で、肉質もラパン以上に柔らかく、癖がありません。日本に輸入されるのはラパンの中でもラプローが殆どだということを聞いた事があります。
 またある記録によりますと、1788年7月24日のマリー・アントワネットの晩餐にはこのラプローが出た時は、Les hatelets de lapereaux(野生ウサギの串焼き)という料理だったそうです。

 


■■フォア・グラ(foie gras) ■■

フォアグラをめぐる「3つ」の話題

・古代ローマ時代、ガチョウは今のフランス東北のピカルディからローマへ徒歩で輸送されていました。この長く遠い道のりを歩く間に、ガチョウは脚を鍛え、付き添いの番人であったガリア人の強い体臭を覚えてしまいました。ある時、ガリア人達は、ローマのカピトリーノの丘の征服を企てたのですが、丘の上にある神殿の中に閉じ込められたガチョウたちは、ガリア兵の体臭を嗅ぎ付け、またあの長い道のりを歩かされるのではないかと恐れて、一斉に“ガァ、ガァ”と鳴き出したのです。この大騒ぎによってローマ中の人々はガリア兵の侵入に気づき、結局カピトリーノ攻略は失敗に終わりました。これ以来、人々はガチョウを崇め、「ローマのカピトリウム(万能の神、ジュピターの神殿)のガチョウ」と呼ぶようになりました。

・18世紀半ば、フランス・ルイ15世の時代に活躍した軍人であるコンタード元帥は、1762年にア ルザス総督に任命され、ストラスブールに赴任しました。美食家として知られていた彼は、ノルマンディーに住んでいた若き天才料理人ジャン・ピエール・クローズをやといます。クローズはアルザス地方名産のフォアグラをベーコンと仔牛肉で薄く包み、それをパイ生地でくるんでこんがり焼くという考えを思いつきます。この料理は非常に有名になり、コンタード元帥はヨーロッパ中の首都に贈り物として送りました。その後これはコンタード風パテと呼ばれるようになります。感激したフランス国王は元帥にピカルディの領地を与えました。

・また、フランス革命の少し前、ボルドー議会の議長お抱えの料理人、ニコラ・フランソワ・ドワイアンがクローズ考案のフォアグラのパイ包みにトリュフを入れることを思いつき、このドワイアンのトリュフ入りフォアグラのパイ包みは国際的に大きな評価を得て、ここにフォアグラとトリュフのマリアージュが誕生したのです。 
  

 

■■日本人初めてのフレンチ ■■

幕末エリート達のフレンチ経験

文久遣欧使節団一行は1862年4月7日、マルセイユ、リヨンを経て、パリリヨン駅に到着。4月7日から4月29日までパリに滞在。
ちょうどナポレオン3世による大規模な都市整備が行われた直後で、有名なオペラ座の建物は折しも建設中。福澤諭吉らが訪れたリヨン駅、北駅、フランス学士院、植物園、国立図書館、マドレーヌ寺院、オペラ座をはじめ多くは現在でも建物がそのまま残されている。使節団が宿泊した「ホテル・デュ・ルーブル(Hotel du Louvre)もその一つ。
このパリ滞在中に、使節団の竹内下野守らは、開港・開市延期交渉に当たるためナポレオン3世に謁見した。

さて、このホテル・デュ・ルーブルでのフランス料理とはどんなものだったのであろうか。この使節団の一人市川清流の『幕末欧州見聞録:尾蠅欧行漫録』には次のようにある。
酒類:ビール、シャンパーニュ、赤ワイン、白ワイン、焼酎、肉桂酒、ういきょう酒、桜桃酒
吸い物:米入り吸い物、エンドウ豆の吸い物、うどん入り吸い物
魚料理:蒸したもの、油で揚げたもの、刺身
肉料理:蒸したり挙げたりローストした牛肉・羊肉・鶏肉、ハム
野菜料理:煎ったエンドウ豆、蒸して塩を添えたジャガイモ、胡瓜、かぼちゃに似ているがマクワ瓜に味は似ている甜瓜、
果物:りんご、オレンジ、梨、スモモ、サクランボ、葡萄、乾し葡萄、干し無花果、胡桃
菓子:カステラに似たるもの、氷菓(最上絶品也)
パン:数種類
酪(らく):バター。牛乳にて製し堅めたるなり、削りてパンに付けて食す
酥(そ):ミルク。牛の乳汁、茶及可非に和して飲む
調味料:胡椒、塩、砂糖、酢、油、醤油(卓上の硝子器に入り自由に食する)

 


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